【書評】ヒトラーの時代 ドイツ国民はなぜ独裁者に熱狂したのか

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社会 / 歴史

なぜドイツのナチスは誕生したのか?

ナチスがユダヤ人を人種差別し大量に殺人をを犯した事実を知らない方はおられないでしょう。しかし、なぜナチスが独裁政権の座につくことになったのかご存知ですか?

恥ずかしながら私もはっきりとは知りませんでした。

考えれば不思議です。最も民主的と評された、ワイマール憲法を持つ共和国家から独裁政権が生まれた事実。

それはつまり、感情に流されず常に合理的な判断を行うドイツ国民が、投票によってナチス政権を選んでしまったという歴史です。

歴史を理解するには、あらゆる角度から考察しなければなりませんが、ヒトラーの時代をあらゆる角度から考察された一冊の本があります。

今回の記事は書評。「ヒトラーの時代 ドイツ国民はなぜ独裁者に熱狂したのか


 

「ヒトラーの時代」の基本情報

題名ヒトラーの時代 ドイツ国民はなぜ独裁者に熱狂したのか
著者池内 紀
出版社中公新書
発刊日2019年7月25日
定価860円

250ページ程の文庫本。三時間ぐらいで読みおわります。

あまり歴史の知識がない私は、単語をWikipediaで調べながら読むことがあるのですが、この本では言葉の意味が本の中で自然に解説されているので、あまり歴史に詳しくない方でも予備知識なく読めます。

「ヒトラーの時代」の著者

著者の池内紀さんは1940年生まれのドイツ文学者、エッセイリスト。

代表作

  • 海山のあいだ(94年)
  • ゲーテ「ファウスト」翻訳(00年)
  • 「カフカ小説全集」翻訳(02年)

 

カフカの小説を全部訳し終え、評伝を書いていたとき、カフカが愛した姉や妹や恋人がアウシュビッツで死んだことを、かたときも忘れなかった。

(中略)

「ドイツ文学者」を名のるかぎり、「ヒトラーの時代」を考え、自分なりの答えを出しておくのは課せられた義務ではないのか。

後書きに記された言葉です。

池内紀さんは本巻発行の約1ヶ月後の19年8月30日に亡くなられました。

晩年、特定秘密保護法成立や集団的自衛権の行使容認などを「きわどい法案が、つぎつぎと成立していく」と憂慮し、「平和を根づかせる努力は我慢と知恵がいる」と説いたそうです。

参考記事 – 東京新聞 9月5日朝刊

「ヒトラーの時代」のテーマ

サブタイトルにあるように、ドイツ国民はなぜ独裁者に熱狂したのか?をテーマにしています。

さまざまな角度から、ヒトラーを独裁者に押し上げた時代を描くことで、多角的に考察されています。

「ヒトラーの時代」はこんな人におすすめ

  • ヒトラーが独裁者となった手法を知りたい人
  • ナチス政権が独裁者となった時代背景を知りたい人
  • ナチス政権が人気があった理由を知りたい人

なぜ日本政府はヨーロッパのように国民の外出を処罰する法律を作ることはできないのか?今話題になっています。非常事態と称して国民の行動を制限したナチス政権下のドイツで何が起きたのか。これも政府が法を作成できない答えの一つの視点です、

また、ヒトラーは魔法を使い、独裁者になったわけではありません。その時代背景と大衆心理。そして、政権についてからの恐るべき実行力を大衆が歓迎した事実があります。

「ヒトラーの時代」の内容・感想

兵隊たち

ドイツ国民はなぜ独裁者に熱狂したのか?

ヒトラーがどのように成り上がり、国民の支持を得て、そして地位を確固たるものにしたのか。

まとめると、3つのことが書いてあります。

  1. ヒトラーが演説で政権についた時代背景
  2. 国民の圧倒的な支持を得た経済政策と実績
  3. プロパガンダとゲシュタポによる弾圧

「1.時代背景」と「2.ナチスの経済政策」の内容に少し触れます。

時代背景

第一次世界大戦後の敗戦後、終戦条約のワイマール条約締結により、ドイツは天文学的賠償金の支払いと、フランスやベルギーによるルール工業地帯の占領により苦しんでいました。

街は職を失った人で溢れかえり、小さなことで言い争いになり暴力沙汰が多発していたそうです。

失業者は600万人をこえ、10人に1人が失業者。さらに、ハイパーインフレが発生し、毎日卵の値段が10倍になっていく。

演説家時代のヒトラー

speech

その中、ミュンヘンの1人の新鋭演説家は世相をよく読んでいました。

ヒトラーは演説の中で単純化したロジックを用いて、相反する2つをあげ、二者択一をせまります。

ドイツが敗戦した理由は、フランスの兵力に屈したからではなく、自国内でおきた革命が理由である。天文学的な賠償金は支払うべきか?それとも不当か?

結論は明白です。聴衆者は演説ごとに倍に増え、いつしかヒトラーは民衆の代弁者となりました。

いつしかヒトラーの率いるナチスは選挙で票を集めはじめます。そして、国民の手によって第一党に選ばれ政権の座につきました。

ナチスがとった経済政策

「われに四ケ年の猶予を与えよ、しかるのちに批判し審判せよ」

ヒトラーが政権の座についた翌日に行ったラジオ演説です。ここからナチス政権は様々な経済政策を打ち出します。

  • 大衆車(フォルクスワーゲン)の開発
  • 高速道路(アウトバーン)建設
  • 労働環境改善
  • 社会福祉の拡充

大衆車の開発とアウトバーンの建設により、失業者はピークの600万人から100万人まで減少します。

政権4年目の時点でヒトラーが急死していればドイツ史上最高の政権であっただろうと言われているほど、経済効果が生まれます。

体制は窮屈であったが、経済は安定していた。

ヒトラーの人気は神格化していきます。

フォルクスワーゲン

フォルクスワーゲン

1933年。ヒトラーのモーターショーでの演説

自動車が金持ち階級のものである限り、それは国民を貧富の階級にわける道具にしかならない。

国家を真に支えている多くの国民大衆のための自動車であってこそ、文明の利器であり、すばらしい生活を約束してくれるのである。

我々は今こそ国民のための車を持つべきである。

当時、車は地位、名声、権力、富の象徴。大統領や映画スター、一部の資産家しか持っていませんでした。

しかし、大衆主義のナチスにとっては大富豪が乗り回す高級車こそが憎むべき敵でした。

ナチスが人気を博したのは恐慌により苦しむ大衆に寄り添い行動してきたからです。一方で大衆に大富豪を共通の敵として認識させ、不満をあおりました。

ナチスのいう「大富豪」は概して「ユダヤ人」のことを指しました。車の普及と共にユダヤ人への迫害は加速していきます。

「ヒトラーの時代」を読んで

ヒトラーを支持した人たちは、例えば一部の資産家、権力のある政治家、映画スターであったのでしょうか?

いえ、ヒトラーを支持した人たちは、紛れもなく大衆でした。自分の明日を憂い、大多数に賛同し、少数の惨状をしたがないと目を瞑る勇気のない人たち。

私たちが大多数に賛同するばかりに同じ過ちをおかさないためには、少しの知恵をつけ、少しの勇気を持つことが必要と著者の池内紀は主張します。

この本を通じて私に少しの知恵をつけてくれた池内紀さんに感謝を申し上げるとともに、ご冥福をお祈り申し上げます。


最後まで読んで頂き有難うございます。

なぜ、日本が戦争に向かったのか?合わせて拝読ください。

 

 

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